LAGNATELA NERO

un fiore

俺は彼を何一つ理解していなかった。
俺は本当に狭い世界しか知らないただの子供でしかなく、何一つ。ただの一つも、理解していなかったのだ。


「見えた?!」
「ばっちり…!何が撮影お断りだっつーの、サイレントカメラ様々よ。やだ、恭かっこいー!」
「見せて見せてっ」

きゃあきゃあと煩い観光客を横目に、連日夜遅くまで騒がしいと近頃寝付きの悪い母親が漏らした愚痴を思い出した。芸能人と言う肩書きに何でそこまで熱くなれるのか理解できない自分は、何処か可笑しいのだろうか。
だって、人間じゃないか。見た目が違うだけの、同じ人間だろ。なのに馬鹿みたいだ、と。本気で思ってる。

「おっちゃん、牛肉コロッケ4つ」
「おー、森崎んとこの坊主お遣いか?何だぁ、死にそうな顔しやがって」
「暑いわ煩いわ、これでニコニコしてられっかよ。母ちゃんは寝不足で家事放棄、逆に親父は居間でクーラー付けっぱで寝こけて風邪引いてやがる」
「あれま、森崎んとこも大変だなぁ。今夜の会合出てこれんのか?」
「はっ、親父が冷えたビールを餌にされて食い付かねーとでも?」
「聞くだけ野暮ってな。ほれ、イモ天とヒレカツが一枚ずつ残ってたから持ってけ。食ったら少しは元気にならぁな、若いの」
「マジかよ、おっちゃんイケメン過ぎんだろ。愛してる」
「ありがとよ」

腹が減っては小銭を握り、田舎のファストフードはお決まりのフライ。真新しいものなんて何もない世界。不幸ではないが、幸せでは決してない、そんな。


「…あぁ、暑ぃ」

行くところなど決まっていた。
家の手伝いやら何やら、忙しいと揃って口を揃えた友人らに見放されて、母親から部屋を片付けろと怒鳴られていた事を思い出す。
逃げてきたからには日が暮れるまで避難だと、海に囲まれた島で行ける場所など。


だから、決まっていたのだ。


「きゃー!恭、恭が見えたよ〜!」
「かっこいー!」

騒ぐ女子の声をBGMに、足は騒がしい場所から離れた何処かを探している。揚げたてではない、湿気を纏うイモ天を咥えたまま誰も居ない裏庭まで足を運べば、真上の太陽を遮る樹木が迎えてくれた。



「あーあ、蝉も女もマジでうっせ…」

撮影なんかに興味はない。
芸能人なんかに興味はない。
ただただ、退屈で仕方ないのだ。

「早く帰っちまえば良いのに、都会派共…」
「残念、あと二週間は帰らない」
「っ?!」

ただただ、退屈で。

「また会ったな、とんがり坊や」
「…誰がとんがり坊やだ、変な名前つけんな」
「俺はお前の名前を知らないんだ」
「あっそ。どーでもいーけど、一人でうろついてると頭のおかしい女共に襲われるぜ?」
「美味しそうなもん食べてるな」

だから、浮かれていたのだろうか。興味などなかった癖に。それでも明らかに島の誰とも違うその男から声を掛けられて、馬鹿な子供・は。

「はっ。やんねーよ」

まるで、自分だけが特別なんだとばかりに。



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un fiore:一輪の花
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.