LAGNATELA NERO

Siamo sperso farfalla(l'estate)

呆れ果てるくらい晴れた日に、俺はその男と出会った。何の前触れもなく、些か強引なまでの引力を以て。

まるで導かれていたかの様に。


「すいません、あそこの海入れるの?」
「どっかにネットカフェないっスか?」
「んだよこの島、糞暑いじゃねーか」
「ちっ、タクシー捕まんねぇよ。え?送迎サービスしかないの?」

見知らぬ余所者で溢れた小さな島の商店街。
千客万来にてんやわんやの店先、余所行きの服を着た魚屋のオッサンが裏返った声で有難うございましたと叫んだ。厚化粧のオバサンは終始片言の標準語、島で一番お洒落だと有名なスナックのお姉ちゃんが地味に思える。
と、ガリガリ君片手に呟いたのは、暑さに負けたのか前髪を切り過ぎて、妹から貰ったと言う蛍光ピンクのカチューシャでデコを曝した田嶋竜助だった。

「マリちゃん、昼間外で見たら意外に皺があるんだよなー。もう30歳だっけ?タケちゃんはどー思う?」
「健太郎、それを本人に言ったら絞め殺されるぞ」
「今週になってから増した気がする。何っつーか、狭苦しさが」
「あー、人口密度か」

知らない人間をどうこう言う趣味もなければ、余所者をじろじろ見る気にもなれず、はしゃぐ田村と冷めた宮田を余所に、暑苦しそうに手団扇で扇ぐ振りをする田嶋がカラカラ笑う。

「ロケ、やってんのかなぁ」
「夏休みいっぱい、立ち入り禁止だって。部活の奴らは第2グランド使ってんだ」

暑さでヘタレてきたリーゼントを整えながら、溶けかけたガリガリ君を一気に頬張る田村は、フェンスの向こうに見える校舎を恨みがましく見つめている。
お気に入りの女優が居るらしい田嶋も、当たりが出た棒を片手に舌打ち一つ、

「理事長が来てんだとよ。何か、本校の総理事も一緒らしい」
「総理事と遠野理事長は確か、兄弟じゃなかったか?」
「相変わらず情報通だねぇ、たっちゃんは」
「グラビアアイドルに於いては、降参だ。健太郎」
「ふっふーん。ヒロインのエリサちゃんは、Gカップなんだぜ♪」
「デカパイおかずに、シコシコやってんじゃねぇぞケン。ただでさえイカ臭ぇんだからよぉ」
「ひっど!リューちゃん、ひっど!」

芸能界にも理事長にも興味がない俺だけが、いつも部外者だ。幼なじみと言うだけで、勉強が出来る宮田も、野球馬鹿な田嶋も、ただの馬鹿な田村も、俺も。性格はてんでばらばら、

「タケ」
「何、善弥」
「何で健太郎はンなに馬鹿なんだ。うぜぇ」
「あんま苛めると泣くからやめとけ」
「うぜぇ」
「ぎゃはは。ヨシ、ケンが本気で泣いてんぞ」

但し、仲は良い。
些細な喧嘩はしょっちゅうだけど、誰かが困ってたら全力で助ける、臭いけど、恐らく皆、そう思ってた筈だ。


「…行くか」
「は?」

甘酸っぱいソーダ味のアイスキャンディー、喉の奥がカラカラに乾く。糖分は喉が渇いて仕方ない。

「クーラー効いてて、金も掛かんねー所」
「あー」
「成程」
「え?え?何でたっちゃんもリューちゃんも判ってんの?ドコ?カラオケ?」
「死ねよ健太郎、金使わない所っつってんだろ。うぜ」
「ほら、エリサちゃんに会いてぇんだろうがケン」
「裏口から入るしかないな。何せ立ち入り禁止だ」
「ちょっ、もしかして学校行くつもりっ?」

リーゼントの癖に、田村健太郎は気弱だ。坊主頭の癖にミーハーな田嶋竜助はTシャツを豪快に脱いで、これにサイン貰うと意気込んだ。


「理事長に、会えたら」
「何?」
「本校の大学部の話、聞いてみるつもりだったんだ」
「…やっぱ、東京行くんだ」
「此処も東京だけどな」

実家のスーパーを継ぐだけで一生を終わらせたくないと、向上心に燃えてる宮田剛は眼鏡を押し上げた。この中では一番、将来を見据えている。

「遠野理事長は、事情があって帝王院財閥とは無縁の生活環境で育ったらしいんだ」
「ふん?」
「俺は、あの人を見るまで都会の金持ちは一貫して性悪だと信じていた。特に大人は、な」
「偏見」
「ぽやぽやした担任に慣れたら、馬鹿らしいと思うさ。今は」
「大人なんか、面倒臭ぇ」

東京に出た姉ちゃんだって、帰ってくる度に変わっていく。服も化粧も言葉遣いも、全部。

「先生達、結婚するのか?」
「どうだろ。姉ちゃんはまだ卒業まで時間あるし、ロクに会えてもねぇみたいだし」
「入学と同時に転勤だもんなぁ、ヨシの姉ちゃんとセンセーは」
「ヨッシーの姉ちゃん、先生に会いたくて内緒で東京の大学言ったんだろ?もうちょっと我慢しとけば良かったのにねー」

所詮、他人事。
姉の恋愛話を餌に笑いあった。








休暇中の校舎は賑わっていた。
撮影中のグラウンドには明らかに学園関係者ではないギャラリーの群れ、人気がないのは裏庭くらいで。


「も、森崎君…」

ミーハーな健太郎に付き合って撮影を見ている皆を置き去りに、やんちゃ少年らしく煙草片手にやってきた裏庭。
話しかけてきたのは一つ年上の、確か地元の人間だった。


大人しそうな、真面目そうな男。
いつの間にか男子校の雰囲気に染まったらしく、女子も居ない訳ではない分校にありながら、宣うに「告白」だった。

実は初めてではないので「ごめん付き合うのは無理」と言って目を逸らせば、判っていたかのように涙ぐみながら去っていく。

だったら初めから言うな、気持ち悪い。
心の言葉を飲み込み、握った煙草に火をつける。



「悪い子だ」

誰かが笑った気配。

「相変わらず、何処の裏庭も絶好の喫煙スポットか」
「…何だよ、アンタ」
「ああ、教師だけど教師ではないよ」
「はぁ?」

随分、目立つ男だ。
ずば抜けて背が高く、腰の位置が冗談みたいに高い。手足が気持ち悪いほど長く、夏なのに長袖のシャツと艶やかなスラックスが異常に似合っていた。

「一本くれないか」
「ざけんな、…失せろよ」
「可愛い顔して口が悪い。口止め料としては安いものだろう?モリサキ君」

何で名前、と目を見開いて、すぐに舌打ちする。先程のホモ告白を見られていたに違いない。

「言い触らすつもりかよ…」
「口止めしたいか?」
「ちっ」

抜き取った煙草を一本、叩き付けるように投げた。
軽やかに受け取った男が、流行りのブランドもののジッポーで火をつける。あれは、気になっていたが高くて手が出なかったライターだ。

「そんなに見ないでくれるか。落ち着かない」
「誰もテメーなんか見てねぇ!」

落ち着かないと言う割には平然と、煙を吐き出しながら笑う男はサングラスを外し、その異常なほど整った顔を晒す。

「くく…。判ってる。俺じゃなくて、こっちだろう?」
「おわっ」
「あげるよ」

安い中古車が買える金額のライターを投げてきた男に、条件反射で手を伸ばした。
煙草を揉み消しもう一度サングラスを掛け直した男が、前髪を描き上げながら笑う。

「煙草と、俺を見ても態度を変えなかった御礼」
「ちょ、おい!幾らすると思って、」
「そんなもの端金だ」
「…はぁ?!」
「明日、登校日だろう?また会おう、モリサキ君」

会いたくない、と叫び返す余裕などない。
手の中には重いジッポーの固い感触、漸く口から零れた言葉は、


「テメー、誰だよ!」

去っていく背中に叫んだが、振り返りもせずひらひら片手をあげた男は、真っ直ぐ歩いていった。




蝉が鳴いている。


うだる様な夏、綺麗な顔をした不思議な男と出会った日は夜半に雨が降り、次の日には澄み渡る晴れ空を届けてきた。



「初めまして。今回この学校で撮影する事になった、主役の東雲です」

皆の悲鳴の中、壇上で自己紹介を果たした男の正体は、その時初めて知ったのだ。


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l'estate:夏
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.