LAGNATELA NERO

i crostacei

その日、確かに俺達の間にあった固い膜が壊れる音を聞いたのに。
その日、確かに俺は。


いつもと違う何かを感じていたのに。








何だか酷く疲れていて。
何だかとてつもなく疲れていて。

毎日毎日、一日の大半を同じ部屋の中で孤独に過ごす事に俺はきっと疲れていて。


「ねぇ、善弥」

一方的な、言うなれば暴力でしかないセックスの最中に飽きる事無く繰り返される睦言を。

「俺の事が好きだろう?」

いつもの様に馬鹿にした笑みで跳ね返す事も、無駄だと判りながら巫山戯けんなと殴り返す事もなく。

「…」
「善弥?」

余りにも。
そう、余りにも。整った美貌へ手を伸ばし、初めて縋り付く様に抱き付いたのだ。


疲れていた。
何も彼もが嫌になるくらい。

DVDとゲームしか映さないテレビにも、受信しかしないファックスにも、三日しか保たなかったミニチュアダックスの玩具も、何も彼もが嫌になっていたから。きっと。


可愛がらなければこの男が嫉妬する事などないと、知っているのに。当て付ける様にこの男の前でキスしてみたり大好きだと囁く馬鹿な俺は、そんな自分にすら、絶望していて。


「おまえしか、いらない」

いつかDVDで見たこの男の台詞を口にした。破滅の呪文の様に、

「あいしてる」

夢から醒めたかの様に瞬いて、くしゃりと微笑んだ男の腕に抱かれながら、互いの鼓動を聞いていた。


あれはやはり破滅の呪文だったのかも知れない。
枷が外れた様に同じ台詞を繰り返しながら、血を吐く様に囁き続ける男にとっても。そんな男を突き放せない俺にとっても。


ダイヤモンドですら突き破る、破滅の呪文だったのだ。



「…い、してる。愛してる愛してる愛してる、善弥…っ!」


可愛いな、と。
素直に認めてしまえるくらい可愛いらしい笑みを浮かべ涙を流したその男は、



それから一月も待たず、死んだらしいのだから。


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i crostacei:甲殻動物
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©Shiki Fujimiya 2009 / JUNKPOT DRIVE Ink.