壁掛けの柱時計、アンティークの何万もするそれが狂い始めたのはいつだったのか、考えても考えても答えは出ない。
お気に入りだったシルバーアクセは錆付いて、水だけが循環する水槽の底に沈んでいた。
お洒落なマンションの中。
箱の中で飼われているペットの気分、鳥籠の金糸雀。だなんて。
やっすい台詞、アマチュアのネット小説の方がずっと面白いのではないか、と。弄んでいた携帯を硝子のローテーブルに放って、手触りが良い長毛カーペットに寝転んだ。
「0時、って、当てになんねぇな。携帯の時計が狂ってんのか?2時過ぎてんだけど」
携帯電話はいつても圏外表示、ここ数日やり込んだアプリゲームにも飽きてきたこの頃。
食べ散らかしたデリバリーピザの箱、飲み散らかしたジュースの缶、自分の部屋の様な惨状に、然し口煩い母親が金切り声を上げる事も大学生の姉が呆れた目を向けてくる事もない。
「遅ぇ」
最後に掛かってきた電話は、もうずっと前。何が食べたいか、と。無愛想で合理主義な男から定時連絡だった。その結果がデリバリーピザだ。無駄に大きな冷蔵庫には酒か水かジュースしか入ってないのだから、開いた口が塞がらない。
「もっと高ぇもん頼めば良かった」
水槽の循環ポンプがポコリポコリと音を発てた。何にも入っていないペット用ケージを横目に、泡立つ水槽の音と狂った時を示す柱時計の軋み音を繰り返し、
「ただいま」
柱時計の長身が半周した頃、部屋の主人はいつも通りの台詞を口にしながら帰宅したのだ。
広過ぎるリビングに入るなり上質のスーツを脱ぎ捨てて、先週とはまるで違う色の髪を掻き上げて。
「まだ起きてたの?」
「テレビ見てた」
「付いてないみたいだけど?」
「100型液晶は疲れ目になんだよ。やっぱ32型だろ、ブラウン管」
「32型の液晶ならすぐに用意するよ」
笑う長身の片手には鳥かご、中には鮮やかなライトグリーンが見えた。
「今日は、インコかよ」
「善弥が寂しくない様にね」
艶やかに笑う唇、クルクル喉で鳴く鳥はソファの上。
いつまで保つだろう、と。空っぽのケージ、空っぽの水槽を横目に目を閉じた。
時計代わりの携帯電話が音を発てる事もない。受け取る機能しか備わっていないファックスは一方的に紙を吐き出して、掛けてくるのはたった二人だけだ。
目の前で笑う作り物めいた美貌の長身と、もう一人。どちらも助けてはくれない。
「善弥。沢山可愛がってあげてね、俺の代わりに」
お帰りのキス、狂った柱時計が刻む音を聞きながら。
「…判った。」
クルクル喉で鳴くライトグリーンが居なくなったのは、それから三日後の事だった。
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verdeヴェルデ:緑